
AI投資というと、半導体やデータセンター、そして次のテーマとして「フィジカルAI」に注目が集まっています。しかし、その恩恵を受けるのはロボットメーカーだけではありません。
今回注目したのは、「機械を作るための機械=マザーマシン」を手掛ける工作機械メーカーです。足元では半導体製造装置や航空宇宙向けの需要が伸び、さらにAIが熟練者不足を補うことで、高性能な工作機械がこれまで以上に使われる可能性も見えてきました。
その中でも、高精度加工を強みとする牧野フライス製作所は興味深い存在です。
今回は牧野フライスを入り口に、なぜいま工作機械が伸びているのか、そしてフィジカルAI時代に「ロボットより上流」でどのような投資機会が生まれるのかを考えます。
動画の内容
牧野フライスから考える「フィジカルAI時代」の製造業
今回は、工作機械メーカーの牧野フライス製作所を取り上げます。
工作機械は、一般の投資家にとってそれほど馴染みのある業界ではないかもしれません。しかし調べていくと、半導体、航空宇宙、AI、製造業の人手不足といった、いま起きている大きな変化のかなり上流に位置する産業であることが見えてきます。
牧野フライスについても、単に「足元の受注が好調な工作機械メーカー」と見るだけでは、その面白さを十分に捉えられません。
私が特に注目したのは、目先では半導体・航空宇宙投資の恩恵を受け、長期ではフィジカルAIによって工作機械そのものの利用範囲が広がる可能性があるという点です。
一方で、工作機械はもともと景気循環の大きい業界です。さらに牧野フライスには、技術力の高さとは別に、経営や資本効率という課題も残っています。
今回はこの会社を入り口として、工作機械業界を長期投資の観点から考えてみます。
「機械を作るための機械」
工作機械は、「マザーマシン」と呼ばれます。
自動車、半導体製造装置、航空機、ロケット、産業用ロボットなど、さまざまな機械を作るには、その部品となる金属を削ったり、穴を開けたり、複雑な形状に加工したりする必要があります。その役割を担うのが工作機械です。
言い換えれば、機械を作るための機械です。
特に現在主流となっている「マシニングセンタ」は、一つの機械の中で複数の加工を行えます。さらに五軸加工機になると、複雑な部品についても工程を集約し、高精度で加工できるようになります。
こうした機械の能力は、そのまま製造できる製品の精度に影響します。
牧野フライスが掲げているのが「クオリティ・ファースト」です。同社は特に高精度な加工を得意としており、その強みが半導体製造装置や航空宇宙といった、高い精度を求められる分野で生きています。
足元では半導体と航空宇宙が牽引
いま工作機械市場そのものが非常に強くなっています。
添付資料で確認した数字では、工作機械の受注は2026年7月に前年同月比約50%増、6月も同程度の伸びとなり、2026年に入ってからの累計でも前年同期比37.8%増となっています。非常に大きな伸びです。
牧野フライスにとって特に大きいのが、半導体製造装置と航空宇宙です。
日本やアジアでは半導体製造装置向けの需要が強く、米国では航空宇宙向けが伸びています。一方、自動車向けは必ずしも好調ではありません。それでも会社全体の業績が伸びているということは、半導体や航空宇宙の勢いが相当に強いと考えられます。
直近の四半期では営業利益が前年同期比で約2.3倍となり、会社計画(上期)に対する進捗率も約69%に達しています。受注も増えているため、少なくとも足元については業績が強い状態が続く可能性があります。
なぜ牧野フライスなのか
日本には世界的に有力な工作機械メーカーが複数あります。
代表的なのが、
- 牧野フライス製作所
- DMG森精機
- オークマ
- ヤマザキマザック
です。
それぞれに得意分野があります。
DMG森精機は海外企業の買収も活用しながら、グローバルに総合力を高めてきました。オークマは機械本体だけでなく制御システムまで自社で手掛けており、AIとの融合にも積極的です。
これに対して牧野フライスの特徴は、何よりも機械そのものの加工精度の高さにあると考えています。
直近の通期営業利益率を比較すると、資料中では牧野フライス9.1%、DMG森精機3.1%、オークマ6.3%となっており、牧野フライスの収益性の高さが目立ちます。直近四半期では10%を超える水準まで上昇しています。
高精度であるほど、半導体製造装置や航空宇宙のような「失敗が許されない」用途で価値が高くなると考えられます。
ここに牧野フライスのポジショニングがあります。
本当に面白いのは「フィジカルAI」
ただし、私がより長期的に面白いと感じているのはこちらです。
AIが工作機械をもっと使いやすくする可能性があります。
高度なマシニングセンターは、機械を導入すれば自動的に何でも作れるというものではありません。
「どこを、どの角度で、どの工具を使って、どのように削るか」
こうした加工工程をプログラムとして機械に入力する必要があります。そのため、これまでは工作機械を高度に使いこなせる熟練したプログラマーが必要でした。
ところが生成AIは、まさにプログラムを書くことを得意とします。
例えば、
「この部分を1mmずらしたい」
と人間が指示すると、それを実現するためのプログラムをAIが生成する。
もちろん、現時点で完全自律型の工場ができるという話ではありません。それでも、これまで専門家しか操作できなかった高度な工作機械を、より多くの人が使えるようになる可能性があります。
ここが非常に重要です。
日本だけでなく、世界中の製造業で熟練工が不足しています。
半導体や航空宇宙のように加工難易度が上がれば上がるほど、必要となる人材はさらに限られます。
そこで、
高度な工作機械 × AI
によって熟練者不足というボトルネックを解消できれば、これまで以上に高性能な工作機械を導入する合理性が高まります。
私はこれを、フィジカルAIが工作機械業界にもたらす大きな変化の一つだと考えています。
「ロボットそのもの」より上流を見る
フィジカルAIという言葉を聞くと、まず産業用ロボットやヒューマノイドを思い浮かべるかもしれません。
しかし投資という視点では、もう一段上流を見る必要があります。
ロボットが増えるなら、ロボットを作るための部品が必要になります。
その部品を作るためには工作機械が必要です。
AIを搭載した機械が世界中に広がっていくほど、「機械を作るための機械」への需要も増える可能性があるわけです。
これは半導体でも起きたことです。
AIそのものだけでなく、GPU、半導体製造装置、素材、データセンター、電力設備へと恩恵が広がっていきました。
フィジカルAIでも同じように、ロボットメーカーだけを見るのではなく、そのさらに上流で必要となる装置や部品を見ることが重要でしょう。
その意味で工作機械は非常に面白い位置にいます。
買収者から「欲しい」と言われる会社
牧野フライスを考えるうえでもう一つ興味深いのが、相次いだ買収提案です。
ニデックが買収に動き、その後は韓国系投資ファンドのMBKパートナーズも取得を目指しました。さらに別の国内ファンドも検討しています。
最終的にはいずれも実現していませんが、複数の買い手が相次いで登場したという事実そのものが、この会社の持つ技術や資産に対する評価を示しているとも考えられます。
特にMBKパートナーズによる取得については、安全保障上の観点から日本政府が外為法に基づいて中止を勧告しました。
つまり工作機械は、単なる民間設備ではありません。
高性能な工作機械は軍事用途にも転用可能であり、一国の製造能力そのものを左右します。
半導体製造装置と同じく、工作機械も経済安全保障上の重要技術になっているのです。
米中対立などを背景に世界各国が自国内で製造設備を増やす方向に進めば、これも工作機械メーカーにとって長期的な追い風となり得ます。
ただし「前年比+50%」は珍しくない
ここまで見ると非常に魅力的な話に聞こえます。
しかし、工作機械を見るうえで絶対に忘れてはいけないことがあります。
非常に景気循環性の高い産業だということです。
受注が前年比50%増と聞くと驚きますが、過去を振り返ると工作機械の受注はそれくらい大きく上下しています。
好況期には一気に設備投資が増え、不況期には一気に止まる。
したがって現在の伸び率だけを見て、
「50%成長が続く会社だ」
と考えてはいけません。
今回のサイクルが過去と違う可能性があるとすれば、コロナ後の需要が大きく落ち込まないまま、さらに次の上昇局面に入っているように見える点です。
半導体、航空宇宙、製造拠点の国内回帰、人手不足など、複数の構造要因が重なっている可能性があります。
とはいえ「サイクルがなくなった」と考えるのは危険でしょう。
構造的成長と循環的な設備投資を分けて見ることが、この業界では特に重要です。
最大の不安は「技術」より「経営」
牧野フライスを調べていて、技術力についてはかなり高く評価しています。
一方で気になるのが経営です。
同社は長い間、資本市場をそれほど意識してこなかった会社に見えます。
「良い機械を作る」ことに強くこだわる技術者集団である一方、
- 資本効率を高める
- 利益率を引き上げる
- 株主価値を意識する
といった部分には改善余地があるように感じます。
実際、買収提案を受けたことで、会社側も資本効率を意識せざるを得なくなり、改善に向けた動きも出始めています。
これはプラスです。
しかし買収の脅威がなくなったことで、再び以前の状態に戻ってしまわないかという懸念もあります。
工作機械の需要が増えるだけでは株主の利益にはなりません。
そこで生まれた付加価値をきちんと利益として残し、その利益を効率的に再投資できるか。
今後はここを確認していく必要があります。
競争相手のオークマも気になる
そして、牧野フライスだけを見て投資判断をするのも早いと思っています。
特に気になっているのがオークマです。
牧野フライスが機械そのものの性能に強みを持つのに対し、オークマは制御システムも自社で手掛けています。
AIとの融合を考えれば、制御・ソフトウェアを持つオークマの方が有利になる可能性もあります。
現時点では牧野フライスの方が収益性は高く、足元の業績も強い。
しかし、
フィジカルAI時代に最も大きな恩恵を受ける工作機械メーカーはどこなのか
という問いについては、まだ結論を出す段階ではありません。
DMG森精機、オークマ、山崎マザックを含めて比較して初めて、それぞれの強みがよりはっきり見えてくるでしょう。
長期投資家として何を見るか
牧野フライスについて、現時点で私が注目しているポイントを整理すると次のようになります。
第一に、半導体・航空宇宙向け受注がどこまで続くか。
現在の業績を最も直接的に押し上げている部分です。
第二に、営業利益率が10%を超えてさらに上昇するか。
単なる需要増だけでなく、会社そのものの収益力が変わっているのかを見る必要があります。
第三に、AIによって工作機械のプログラミングが容易になるか。
ここが実現すれば、高性能工作機械の潜在市場そのものが広がる可能性があります。
第四に、会社の資本効率に対する姿勢が変わるか。
技術力が利益と株主価値につながる経営ができるかという点です。
そして最後に、
オークマなど競合企業との比較です。
牧野フライスのPERは資料作成時点で16倍前後と、成長期待を考えれば極端に高い水準ではありません。一方、株価は2022年頃から約3倍になっています。
ここから投資するのであれば、「PERが低いから買う」のではなく、
これまでの工作機械サイクルとは違う構造的な変化が本当に始まっているのか
を確かめることが重要でしょう。
半導体、航空宇宙、製造業の国内回帰、人手不足、そしてフィジカルAI。
これらを結びつけて考えると、その一番上流に「マザーマシン」があります。
フィジカルAIの本命を探すなら、完成したロボットだけでなく、そのロボットを作るための機械まで遡って考えてみる。
これは長期投資家にとって、かなり面白い視点ではないでしょうか。
今後はオークマやDMG森精機も詳しく調べ、工作機械業界の中でどこに最も長期的な可能性があるのかを引き続き考えていきたいと思います。
この記事はいかがでしたか?
執筆者
栫井 駿介(かこい しゅんすけ)
つばめ投資顧問 代表
株式投資アドバイザー、証券アナリスト
ビジネス・ブレークスルー(株)「株式・資産形成実践講座」講師
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