
日本のモノづくりを陰で支える『工作機械』。今、人手不足やAIの進化を背景に、この業界には大きな変化の波が押し寄せています。
本動画では、主要企業の動きや業界が抱える独自の課題を整理しながら、個人投資家としてどこに注目すべきなのか、その視点を分かりやすく解説します。
技術力に潜む真の価値と、今後の投資機会としての可能性とは何なのか――ぜひ最後までご覧ください!
動画の内容
前回のレポートでは、牧野フライス製作所を取り上げました。牧野フライスは「Quality First」を掲げ、高精度な加工に強みを持つ工作機械メーカーです。製造業の高度化や熟練工不足が進む中、こうした高性能な工作機械の重要性は今後ますます高まっていくのではないかと考えました。
一方で、前回の調査を通じて一つ気になったことがあります。それは、AIや自動化を活用することで、工作機械メーカー自身がどこまで高付加価値化できるのかという点です。そこで今回は視野を広げ、オークマ、DMG森精機にも目を向けました。調べれば調べるほど、この業界には大きな可能性がある一方で、簡単には乗り越えられない構造的な壁も存在することが見えてきました。
(前回の内容は以下のリンクから)
工作機械に求められているものが変わり始めている
オークマの中期経営計画には、現在の工作機械業界を取り巻く環境が非常にわかりやすく整理されています。今後、世界の工作機械市場では、景気変動の影響を受けながらも、労働力不足による自動化の普及や、米国を中心とした生産の国内回帰などによって、緩やかな成長が期待されています。
特に需要拡大が期待されているのが、航空宇宙・防衛、発電、半導体製造といった高い加工精度が要求される分野です。また、もう一つ重要なのが熟練技術者の減少です。これまで町工場などでは、加工条件の調整や異常の発見など、多くの部分を熟練工の経験や勘に頼ってきました。しかし、その技術者が減っていけば、人間だけで現場を支えることは難しくなります。
そこで、工作機械から得られるデータを活用し、人間の判断を補完・代替する「フィジカルAI」のような技術が重要になってきます。工作機械が単に「金属を削る機械」ではなく、自ら考えながら、より精度の高い加工を行う機械へ進化していく可能性があるということです。
AI・自動化に積極的なオークマ
この点で特に積極的なのがオークマです。同社は5軸制御マシニングセンタや複合加工機など、高精度・高生産性の工作機械だけでなく、自動化ソリューションやAIを活用した自律化にも力を入れています。
オークマの特徴として注目したいのが、ハードウェアから制御装置、ソフトウェアまで自社で深く手掛けていることです。工作機械メーカーによっては、NC装置などをファナックや三菱電機といった外部企業から調達しています。それ自体には合理性がありますが、AIやソフトウェアまで含めて工作機械全体を最適化しようとすると、自社で制御技術まで持っている企業の方が踏み込みやすい面があります。
オークマが力を入れている「スマートツイン」も、その一例です。現実の工場で機械を動かす前に、デジタル空間上で加工をシミュレーションし、問題点を事前に洗い出す。そこで最適な加工条件を決めてから実際の機械を動かすことで、精度向上やコスト削減につなげます。方向性だけを見れば、私たちが期待している「AI×工作機械」にかなり近い企業と言えるでしょう。
ところが利益率はなかなか上がらない
ここで問題があります。オークマは数年前からデジタルツインや自動化を積極的に掲げていますが、それが明確な利益率の向上につながっているとはまだ言いにくい状況です。営業利益率は年度による変動こそあるものの、一貫して上昇しているわけではありません。
技術が進化し、高性能な製品を作れるようになっているのに、なぜ利益率は大きく上がらないのでしょうか。ここに、工作機械業界を考えるうえで非常に重要な問題があります。
工作機械の顧客は「中小企業」が多い
工作機械は「マザーマシン」とも呼ばれます。自動車や機械などの部品を作るための機械だからです。ただし、その機械を実際に使っている企業を見ると、必ずしもトヨタ自動車や日立製作所のような巨大メーカーばかりではなく、完成品メーカーの下で部品加工を担っている中小・中堅企業が多いという特徴があります。
ここが半導体製造装置との大きな違いです。例えば東京エレクトロンであれば、TSMCのような巨大半導体メーカーと密接にやり取りしながら、顧客が求める装置を開発できます。TSMC側も、歩留まりがわずかに改善するだけで莫大な利益につながるため、高性能な装置には大きなお金を払うことができます。
一方、工作機械の場合は、「この最新機種なら高度な加工ができます」「AIによって熟練工の作業を自動化できます」と言われても、導入先の中小企業に十分な資金がなければ、高性能だからという理由だけで簡単に購入することはできません。良い機械であることは理解していても、「高すぎて買えない」という話になってしまいます。
つまり、技術的に高付加価値な製品を作れることと、それを高い価格で販売できることは別問題なのです。これは工作機械業界が抱えるかなり根深い問題だと感じます。
半導体製造装置のようになれるのか
ここで一つ興味深い比較があります。半導体製造装置メーカーも、広い意味では半導体メーカーを支える存在です。しかし、半導体市場が大きく成長し、微細化が進み、より高度な装置が必要になるにつれて、東京エレクトロンやアドバンテスト、ディスコなどの企業の付加価値は大きく高まりました。今では極めて高い利益率を稼ぐ企業も珍しくありません。
工作機械にも、同じような変化が起こる可能性はあります。航空宇宙、防衛、半導体などでは、加工精度が最終製品の性能や歩留まりを大きく左右します。多少価格が高くても、より高い精度を実現できる工作機械を使う経済合理性が生まれるからです。
実際、DMG森精機では航空宇宙、防衛、発電、半導体、医療などの分野が好調で、こうした高付加価値領域を伸ばそうとしています。今後こうした市場が拡大すれば、工作機械メーカーの立場そのものが変化する可能性があります。
DMG森精機は「グローバル」に強み
もう一社、今回調べたのがDMG森精機です。同社の特徴は何といってもグローバル展開で、ドイツのギルデマイスターと経営統合したことで、日本だけでなく欧州にも強い販売・サービス網を持っています。
工作機械はもともと海外売上比率が非常に高い産業ですが、牧野フライスやオークマが日本で生産した機械を海外に輸出する色彩が強いのに対し、DMG森精機は欧州にも事業基盤そのものを持っています。世界の大手顧客に直接アクセスできることは大きな強みであり、特に航空宇宙、防衛、半導体などの高付加価値分野を伸ばしていくうえでは、このグローバルネットワークが生きてくるでしょう。
一方で、投資家として気になるのは利益率の低さです。日本とドイツの企業が経営統合したものの、コスト削減を目的に一体化したというよりも、販売地域を広げる意味合いが強かったように見えます。その結果、販売管理費などの負担が比較的大きく、売上を伸ばすことには積極的でも、「どう利益率を上げるのか」という点では改善余地が残っています。
メーカーとして良い製品を作ることと、株主に十分な利益を残すことは同じではありません。この点は長期投資家として、しっかり区別して考える必要があります。
工作機械市場そのものは驚くほど成長率が低い
今回、私たちが一番気になった数字があります。DMG森精機の資料に掲載されている世界の工作機械需要予測を見ると、市場は今後も伸びる見込みではあるものの、年平均成長率は決して高くありません。AI、半導体、データセンターなど、私たちが最近見ている成長市場と比較すると、かなり物足りない数字です。
技術的には重要であり、製造業になくてはならない存在なのに、市場全体はそれほど伸びていない。背景にはやはり、中小企業を中心とした顧客構造があるのではないかと考えています。高性能な機械を作る技術力はあっても、その技術に十分なお金を払える顧客が少ないため、業界全体に流れ込む利益が大きくならず、技術力の高さが企業価値に十分反映されていない可能性があります。
業界構造そのものが変われば、大化けする可能性もある
ただし、長期的に考えると面白い可能性もあります。日本の製造業では今後、熟練工の高齢化と人手不足がさらに進みます。今まで10人、20人規模の町工場で人間が担っていた加工や調整を、AIと工作機械がかなりの部分まで自動化できるようになったら、製造業の構造そのものが変わる可能性があります。
これまで部品加工を中小企業に発注していた大企業が、自社で高性能な工作機械を導入する「垂直統合」が進むことも考えられます。その場合、工作機械メーカーの顧客が、資金力の乏しい中小企業から、大企業へと変わっていくかもしれません。顧客が変われば、高性能な工作機械に支払われる金額も変わります。
実は、ニデックが牧野フライスの買収を試みたことも、この文脈で考えると興味深い出来事でした。ニデックは世界中でモーター関連企業を買収しています。牧野フライスの工作機械を取り込み、モーター製造に必要な金型などを自社で作ることができれば、サプライチェーンの垂直統合が進みます。
結果として買収は実現しませんでしたが、もしこうした動きが増えていけば、工作機械業界そのものが大きく変化するきっかけになるかもしれません。
一方で、景気循環の大きさには注意が必要
投資する際には、もう一つ忘れてはいけない特徴があります。工作機械は極めて景気循環の大きい産業です。足元では工作機械受注が大きく回復していますが、前年比で大きな伸びになる背景には、その前の需要が弱かったこともあります。
過去を振り返れば、リーマン・ショックやコロナ禍では工作機械需要が急減し、メーカー各社の利益も大きく落ち込みました。もともとの利益率がそれほど高くない企業では、需要が少し落ちるだけで赤字になることもあります。
したがって、「今、受注が増えているから長期的に良い会社だ」と単純に判断することはできません。景気循環による一時的な回復なのか、それとも企業の競争力そのものが高まっているのかを分けて見る必要があります。
3社を比較するなら牧野フライスが一歩リード
今回調べた3社をあえて比較するなら、現時点では牧野フライスが一番興味深いと感じています。牧野フライスは高精度加工に強く、航空宇宙や半導体など、今後伸びる可能性がある高付加価値領域との相性が良いと考えられます。また、現時点では3社の中で利益率も比較的高い水準です。
オークマはAI、自動化、デジタルツインなどへの取り組みが非常に積極的です。ただし、一般機械や自動車関連など中小企業顧客の比重も大きく、高性能化をそのまま収益性向上につなげられるかがポイントになります。
DMG森精機は、高精度製品と世界的な販売網に強みがあります。航空宇宙、防衛、半導体など成長領域への展開にも期待できますが、販売管理費を含めたコスト構造には改善余地があります。それぞれ面白い部分はあるものの、長期投資の対象として「これが決め手だ」と言える企業は、現時点ではまだ見つかっていません。
「必要不可欠」と「成長産業」は同じではない
今回、工作機械業界を調べて改めて感じたのは、社会に必要不可欠な産業だからといって、それだけで良い投資対象になるわけではないということです。
工作機械は間違いなく必要な産業であり、日本や欧州の一部企業しか作れない高性能な機械もあるなど、技術力も極めて高いものがあります。AI、自動化、熟練工不足というテーマを考えれば、その重要性はむしろ今後さらに高まっていくでしょう。
それでも、投資家にとって重要なのは、その価値に対して「誰がお金を払うのか」ということです。高付加価値な工作機械を作れるだけでは不十分で、それを必要とし、高い価格を払える顧客が増えて初めて、売上や利益率の上昇につながります。現時点では、航空宇宙、防衛、半導体などがその候補でしょう。
そして将来、AIが熟練工の仕事を代替し、製造業のサプライチェーンそのものが変わってくれば、工作機械メーカーの価値は一段高まる可能性があります。ただし、そこまでにはまだ時間がかかりそうです。
足元の需要回復だけを見るなら投資機会はあるかもしれませんし、工作機械は必ず必要になるため、景気の底で極端に割安になった局面を狙うという考え方もあります。一方で、3年、5年、10年と持ち続ける長期成長株として見るなら、今後確認したいのは市場規模そのものよりも、高付加価値化によって各社の利益率が本当に上がっていくかという点です。
AIと自動化によって、工作機械は単なる「金属を削る機械」から、製造現場の知能そのものへと変わるのか。ここが実現した時、この古くからある業界の評価は大きく変わるのかもしれません。
今回の調査でも、まだ解像度が十分ではない部分があります。工作機械業界や製造現場に詳しい会員の方がいらっしゃいましたら、「実際の現場ではこうなっている」「ここは認識が違う」といった情報を、ぜひコメント欄でお寄せください。皆さんと一緒に、この業界への理解をさらに深めていければと思います。
この記事はいかがでしたか?
執筆者
栫井 駿介(かこい しゅんすけ)
つばめ投資顧問 代表
株式投資アドバイザー、証券アナリスト
ビジネス・ブレークスルー(株)「株式・資産形成実践講座」講師
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